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東京地方裁判所 平成6年(ワ)17980号 判決

原告

志水正弘

被告

小林洋一

主文

一  被告は、原告に対し、金一六七一万二三九〇円及びこれに対する平成六年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金三七一一万六四九〇円及びこれに対する平成六年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、幕張メツセ内の駐車場で普通乗用自動車同士の衝突があり、一方の運転者が傷害を受けたことから、他方の運転者を相手にその人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成二年二月一六日午後一時五〇分ころ

事故の場所 千葉市美浜区豊砂無番地 幕張メツセ駐車場内の丁字型交差点(以下「本件交差点」という。)

加害者 被告(被告車両運転)

被告車両 普通乗用自動車(千葉五二ぬ三八九八)

被害者 原告(原告車両運転)

原告車両 普通乗用自動車(品川五三ち八二〇〇)

事故の態様 原告が原告車両に乗つて本件交差点を直進中、本件交差点から左折した被告車両と衝突した。

2  責任原因

被告は、被告車両を運転していたし、被告車両の保有者である。

三  本件の争点

1  損害額

(一) 原告

原告は、本件事故により左肩部~上腕打撲傷、左肩関節亜脱臼、左肩関節鍵板損傷の傷害を受け、高嶋医院、木場病院等で入通院治療を受けたが、一二級六号の後遺障害が残り、このため、次の損害を受けた。

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費、応急手当費 九四万八二七六円

〈2〉 入院雑費(一日当たり一二〇〇円。九日分) 一万〇八〇〇円

〈3〉 通院交通費 三万五一四〇円

(2) 休業損害 一〇〇八万〇〇〇〇円

原告は、黒田遊の名称の下、オフイスクロダ等の事務所でマーケツテイングコンサルタント及び商品企画を業とし、毎年少なくとも一〇八〇万円の収入を上げていたところ、本件事故のため少なくとも六カ月間休業し、この間に株式会社ロイヤルとの間の八四〇万円の契約及びダイワ株式会社との間の六〇〇万円の契約を破棄された。経費率は三〇パーセントであるから、右破棄により一〇〇八万円の損害を受けた。

(3) 逸失利益 一八八四万二五四四円

原告は、前記の後遺障害のため、労働能力が一四パーセント喪失した。原告の症状固定時の年齢は四七歳であるから就労可能年数は、六七歳までの二〇年間であり、前記年収一〇八〇万円を基礎にライプニツツ方式により算定すると、逸失利益は、一八八四万二五四四円となる。

(4) 慰謝料 四二〇万〇〇〇〇円

入通院(傷害)慰謝料として一五〇万円、右後遺症の慰謝料として二七〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 三〇〇万円

(二) 被告

原告の主張を争う。特段の主張は次のとおりである。

(1) 休業損害

原告の入院は九日(このうち二日は外泊)、通院はほぼ三日に一度であり、この程度の治療経過であればコンサルタント業務に支障を来すはずはなく、本件事故と株式会社ロイヤル等との契約破棄との因果関係を否認する。また、経費率が三〇パーセントに過ぎないことも否認する。

原告は税金の申告をしておらず、その年収は明らかではないから、賃金センサスにより休業損害を算定するのが相当であり、この場合において、本件事故と相当因果関係のある休業期間は平成二年九月末までと見るべきである。

(2) 逸失利益

原告の後遺障害は肩関節の可動域制限であり、原告の職種に鑑み、労働能力喪失は否認する。

仮に、逸失利益を肯定するとしても、賃金センサスを基準とし、かつ、労働能力喪失率及び喪失期間を大幅に減ずるべきである。

2  過失相殺

被告は、原告が本件交差点に進入するに当たり、時速二〇キロメートルに規制されているのに時速三〇キロメートルで前方不注視のまま直進したとして、二割の過失相殺を主張する。

原告は、右主張を争う。

3  損害の填補

被告は、次のとおり一部弁済をしたと主張する。

(1) 治療費及び治療費名目 一二三万八六七六円

このうち治療費として病院に支払われた分は九四万八二七六円である。

(2) 通院交通費(原告からの請求分) 九万五一四〇円

(3) 休業損害 七四万六八〇〇円

第三争点に対する判断

一  原告の傷害等の程度について

甲二ないし九、乙二、四、原告本人によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件事故当日の平成二年二月一六日、左肩部ないし上腕打撲傷、左肩関節亜脱臼等の傷病により高嶋医院で治療を受けた。X線撮影の結果左肩関節に著変はなかつたが、左肩から上腕にかけて疼痛、腫張が著明であり、投薬、湿布等が行われた。同月二七日まで通院したが(実通院日数四日)、経過不良のため、三月一日に東京医科大学病院に転院した。同病院では初診時に体幹上肢外転ギブスで固定し、三日も通院したが、空きベツドがないため、原告は、木場病院で入院治療を受けることとし、三月七日から一五日までの九日間入院した。同病院でもX線撮影の結果骨に異常は無かつたが、左肩から上腕にかけての疼痛やギブスによる不快感があつた。同月一七日に再び東京医科大学病院で診療を受けた後、四月二八日から五月九日まで金井整形外科診療所で右肩関節拘縮、腱板損傷疑の傷病名で理学療法等の治療を受けた(実通院日数四日)。しかし、スポーツマツサージのため激しく、これを取り止めて、野中治療院や松本ハリ治療院で東洋医学関係の治療を受けた。その後、一〇月一九日に東京慈恵会医科大学附属病院に通院し、症状が固定した平成四年四月一六日まで合計五日間通院治療を受けた。同病院における症状固定日の診断では、左肩腱板損傷の傷病名であり、自覚症状として左肩関節痛がある、他覚症状として左肩運動時痛、左上腕二頭筋腱圧痛、左肩関節後方圧痛がある、筋肉の萎縮はない、というものである。そして、右肩には運動制限は見られないが、左肩については、屈曲、伸展、外転ともに三分の一程度制限が見られ、担当医は、左肩の緩解の見通しについて、長期的には可能性があると思われるが、逆に障害が増悪し、手術が必要となる場合もあり得るとの意見を有している。この障害のため、原告は、ゴルフは勿論のこと、腕を回すことや高い所から物を下ろすこと等はすることができない。原告は、平成四年八月に自算会から一二級六号の後遺障害があるものと事前認定されている。

右認定事実によれば、原告は、左肩に一二級六号の後遺障害があり、同障害は恒久的なものであるものと認められる。

二  原告の損害額について

1  治療費関係

(1) 治療費、応急手当費 九四万八二七六円

原告の治療費、応急手当費が九四万八二七六円であることは当事者間に争いがない。

(2) 入院雑費(一日当たり一二〇〇円。九日分) 一万〇八〇〇円

前示木場病院における入院の雑費として、一日当たり一二〇〇円として九日間に合計一万〇八〇〇円を要したものと認める。

(3) 通院交通費 九万五一四〇円

乙五の1によれば、原告は通院交通費として九万五一四〇円を要したことが認められる。なお、原告は、通院交通費として三万五一四〇円しか請求していないが、後記判断のとおり過失相殺を認めるので、当事者双方の主張に顕れた損害の総額を認定することとする。

2  休業損害 三〇六万〇六〇〇円

(一) 甲一九ないし二四、二六の3ないし10、二九、三〇、三二の1ないし3、三三、三五ないし四一(枝番を含む)、原告本人によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和四三年に成城学園大学を卒業後、渡米したり、各種の職業に就いた後、昭和五七年三月に上目黒にネツトワークデザイナーズを設立し、東急ハンズ、株式会社ロイヤル等の顧客を相手に、マーケツテイングコンサルタント及びデザインや商品企画の業務に従事した。スタツフを三名程度置き、その協力を得てデザインをしたり、原告が企画したものを業者に売り込んだ。また、テレビ映画の放送関係の仕事も行い、これらの企画調査のためアメリカに出掛けたりした。事務所の経費としては毎月八五万円程度を要していた。その後、遅くとも平成元年五月には門前仲町に事務所を移転七、スタツフを抜きにして一人でデザインを使わない仕事に移行し、その頃から黒田遊事務所とかオフイスクロダの名称も用いることとした。スタツフがいなくなつたことから事務所の経費は二〇万円程度となつた。なお、昭和六一年に黒田遊の名称の下、セカンド・ハーベストという題の本を書き、これについての映画化の企画も進められていた。これらの業務の結果、少なくとも昭和六〇年は二四五五万円、昭和六一年は三五八万円、昭和六二年は七八七万円、昭和六三年は三九八八万円、平成元年は三〇万円、平成二年は三月末までに三五二万円を売り上げた。しかし、本件事故後、契約金総額三〇〇万円の株式会社ロイヤルの企画とジヤツキーチエンのジーンズブランドに関する年間六〇〇万円のダイワ株式会社の仕事が中断し、事務所は閉鎖に追い込まれた。なお、原告は、本件事故前の三年間は、税金の申告をしていない。

(二) 原告は、経費率は三〇パーセントであつて、毎年少なくとも一〇八〇万円の所得を得ていたと主張するが、原告は税金を申告していないのみならず、帳簿を証拠に提出しない。経費率については、原告は本人尋問において三〇パーセント程度であると供述するが、これを裏付ける証拠がない上に、前認定の事務所の経費以外に企画調査の費用も要するのであつて、右主張を認めることができない。また、門前仲町への事務所移転後は、スタツフが居なくなつて一人でマーケツテイングコンサルタントを行つたのであり、前認定の売上額も考慮すると、年間の所得額に関する主張を到底認めることができない。

原告は、休業損害として、株式会社ロイヤルとの間の八四〇万円の契約及びダイワ株式会社との間の六〇〇万円の契約を破棄されたことによる損害分(経費率を三〇パーセントとして)一〇〇八万円を請求するが、前認定のとおり、株式会社ロイヤルとの契約は総額三〇〇万円であり、また、経費率も証明がないのであつて、右主張は認められない。

そうすると、原告の休業損害は、被告主張のとおり賃金センサスにより算定する外はないというべきである。原告は大学卒ではあるところ、本件事故時は一人でコンサルタント業等を行つていたのであり、前認定の売上額も考慮すると、平成二年度の男子大学卒全年齢の年額六一二万一二〇〇円を基礎に休業損害を算定することとする。そして、前認定の原告の治療の経緯、特に、通院回数に照らせば、本件事故と相当因果関係のある休業期間は事故後半年間とみるべきであるから、原告の休業損害額は、次の計算どおり前示金額となる。

612万1200÷2=306万0600

3  逸失利益 一一四四万九六三六円

前認定のとおり、原告は、左肩に恒久的な一二級六号の後遺障害を残したのであり、労働能力が一四パーセント喪失したものと認めるのが相当である。この点、被告は、原告の職種に照らし労働能力の喪失を争うが、痛みのために神経が集中できないのであり(原告本人により認める。)、後遺障害別等級表に定める労働能力が喪失したものと判断される。原告の症状固定時の年齢は四七歳であることから(甲四五により認める。)、就労可能年数を六七歳までの二〇年間とし、平成四年度の賃金センサス男子大学卒全年齢の年収である六五六万二六〇〇円を基礎に、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、次の計算どおり、原告の逸失利益は前示金額となる。

656万2600×0.14×12.462=1144万9636

4  慰謝料 三六五万円

前示の入通院の日数、治療の経過に鑑みれば、入通院(傷害)慰謝料としては一二五万円が相当である。また、前示後遺障害の部位、程度、内容、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、後遺症慰謝料としては二四〇万円が相当である。

5  以上の合計は、一九二一万四四五二円である。

三  過失相殺について

1  甲一、乙一、三、原、被告各本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、幕張メツセ内にある広大な駐車場内に存在する。駐車場内は、白線、カラーコーン、植え込み等により通路部分と駐車スペースに分かれており、通路部分のうち千葉市美浜区の浜田方面から美浜方面に向かう二車線の一方通行の通路(幅員が六メートルある。以下「直進通路」という。)に、中瀬方面からの一車線の一方通行の通路(幅員が三メートルある。以下「突き当たり路」という。)が直角に突き当たるのが本件交差点である。突き当たり路から本件交差点に進入する車両は、直進通路に左折して進行することが許されているのみである。直進通路は、速度が時速二〇キロメートルに制限されている。双方の通路ともに、本件交差点の手前に停止線が引かれており、また、いずれの側にも一時停止等の標識はない。

本件事故当時、直進通路から見れば本件交差点手前の左側、突き当たり路から見れば本件交差点手前の右側の駐車スペースにワンボツクスカーをはじめとして複数の車両が駐車しており、双方の通路からは相手方通路の交通状況を見るに当たつての妨げとなつていた。

(2) 原告は、直進通路の左側通行帯を浜田方面から美浜方面に向かつて時速三〇キロメートルで走行し、そのまま本件交差点に進入した。他方、被告は、被告車両を運転して中瀬方面から突き当たり路を進行して本件交差点にさしかかり、丁度停止線辺りで一時停止して、右側の交通状態を見ようとしたが、駐車車両が妨げとなつて見えず、右側の確認のためゆつくりと発進し、三・一メートル進行したところで原告車両と衝突した。原告車両は左ハンドルであつたことから、被告車両の前部右側が原告車両の運転席側ドアーに衝突したのである。

原告は、衝突前には、被告車両の存在に気がつかず、また、被告が原告車両を発見したのは衝突寸前であつた。このため、双方の車両とも衝突前にブレーキをかけていない。

以上の事実が認められる。

2  右事実によれば、直進通路の幅員が広いことから、突き当たり路から本件交差点に進入するに当たつては、一時停止をして、直進通路を走行する車両を優先させるべきことは明らかである。被告は、停止線辺りで一時停止して、右側の交通状態を見ようとしたのであるが、原告車両を発見したのは衝突寸前であつたことからすれば、右側及び前方の注視を怠つていたというべきである。そして、右摘示の義務に照らせば、本件事故は、被告の右注視義務違反が主な原因となつていることは明らかである。

他方、原告も、制限速度を一〇キロメートル上回り、見通しのよくない本件交差点に減速することなく進入したのである。また、衝突後に初めて被告車両の存在に気がついていることから前方や左側の注視を怠つたものと認めるべきであり、これらの過失も本件事故の原因となつていることは明らかである。

以上の被告の過失と原告の過失の双方を対比して勘案すると、本件事故で原告の被つた損害については、その一割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

3  右過失相殺後の原告の損害額は、一七二九万三〇〇六円となる。

四  損害の填補

乙五及び六の各1、2によれば、被告は、原告に対し次のとおり合計二〇八万〇六一六円弁済したことが認められる。

(1)  治療費及び治療費名目 一二三万八六七六円

(2)  通院交通費 九万五一四〇円

(3)  休業損害 七四万六八〇〇円

右填補後の原告の損害額は、一五二一万二三九〇円となる。

五  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金一五〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告に対し、金一六七一万二三九〇円及びこれに対する本件事故後の日である平成六年五月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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